島の子学校



出会いがあれば別れがあるように、始まりがあれば終わりの時は来るもんでね。我が島の学校がついに幕を閉じたね。覚悟はしていたものの、実際に明かりが消えた暗い校舎を見るにつけ、尚一層寂しさが募るちゃあね。

「菜の花の 小さき花壇に 溢るるや 子らの歌声 響く陽の中」と稚拙な歌を作ったのは 十年も前の事じゃろうか。まだ小学校、中学校、幼稚園ともに子供がいて、年中にぎやかな声が響き、時には給食のいい匂いが漂いよったね。給食ちゅうたら私らあの時代は献立の足しに、家で出来た野菜を持って行きよったんよ。じゃからカボチャの季節はカボチャ、大根の季節は大根、芋の季節は芋ばっかり集まるもんじゃから、給食のおばさんは献立に苦労せよっちゃったらしい。サバ缶が入った味噌汁があって骨が柔らかいのにびっくりしたりもした。給食は時代毎に豊かに美味しくなって、特に島の給食は美味しいと近年の子供達には好評じゃったね。

遊びもずいぶん様変わりした。私らあは回天記念館のところが学校じゃったから、周りの山も坂も全部使ってかくれんぼをしたり、養浩館までの斜面を滑り降りたり、なかなかダイナミックに遊びよったね。最近は子供の数も減り、思うように遊ぶことも出来んようになって先生方も一緒にサッカーやドッジボールをしよったね。

運動会、文化祭、だんだんに地域の人達の力を借りる事も多くなりながらも、最後まで続けられ本当に地域の学校という形でここまで来れたのは、ありがたい事であり、忘れ得ぬ事じゃね。

今、静かな学校には卒業記念の像や碑や手形、池が残って春の陽を浴びよるだけ。

いつか一度閉じた幕が上がる日を待ちながら。


(H28.5)