東京てれえぐれえ

 

あねえにてれえぐれえせちょっちゃあ、このみやすい仕事でも、晩までかかろういの。

ぬるさくが、いつまでにやろうとも、どこまでやろうともせんと、人の※メドも気にせんのが、てれえぐれえ。

(※メド=人の表情や気持ちのこと)

そのてれえぐれえが、花のお江戸の東京に行ったという。

移住促進のイベントに参加させてもろうたらしい。

生まれて初めての東京ときては、さしものてれえぐれえもだいしょうは気を張ろう。とにかく、連れて行ってくれた、六郎万さんと百合子さんに、自分を探させる事になっちゃあ、申し訳があるまあとて、とにかく二人の後ろをはぐれんように付いて行く。

東京ちゅうところは都会じゃから、どこへ行くにも、乗り物でパーッと行かれるんかと思ったら、まぁ、歩く歩く。

ようやく着いた会場は、日本中から故郷を背負った人達のブースが、広い会場にギッシリ並ぶ。

我が山口県からは、周防大島と岩国市と大津島。

なかなか、お客さんが足を止めてくれなかったけれど、最初のお客さんから熱心に話され、六郎万さんとゆり子さんはじきに、田舎暮らしに興味がある人や山口県出身の人達と、にこやかに会話をして、役割を果たしている。が、このてれえぐれえ、「しゅうニャン市」の封筒を片手に、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ歩き回り、かたのええ能登の祭り装束を着たニイチャンに神様の露払いをする祭りだと聞き、うちにも平家踊りや長持ち唄があるんよと方言で話す。見城美恵子先生を見かけるや、ミーハー気分そのままで話しかけ、このイベントは第二回から、見城さんも携わっていることや、周南にはこの前講演に行っていい町だったと言ってもらったりした。

他にも、デザインを勉強している若いしのグループの一人が来月山口に行くんですよと話したり、若い女の子達とはすっかり気があって今度きっと山口に行きますねと言ってもらった。

隣の岩国の人達とも、なかなか人の足を止めるのは難しいですねぇと話したり、六郎万さんとゆり子さんが、真面目に6組の方達と話して、お役目を果たしているのを横目に、私はすっかりてれえぐれえしていたという江戸日記。

帰ってからみんなに、東京はどうじゃった?と聞かれたんじゃが、このてれえぐれえ、一番覚えているのは、遅れまい、はぐれまいとにらみつけていた、六郎万さんとゆり子さんの後ろ姿だったというお粗末。

(H29.11)