流れ寄るもの



名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実ひとつ。

家の前の海を眺めながらふと思い出した歌。馬島の東の方の水場と呼ぶ海岸は、外海に面しているからか、椰子の実も時折流れ寄っていた。これを持ち帰ったら、芽が出て大きな椰子の木にならんかしらんと思ったものだ。

昔はこうした漂流物も、島に取っては大事な資源だった。流れてきた木材や木切れは山に入らずにすぐ使える燃焼になった。

他にもバケツや籠やロープの千切れもどこかで役に立つかも知れぬと持ち帰った。馬島では漂流物を拾いに行く事を「磯村屋さあ方に行く」と言って親しんでいたものだった。子供達も「磯村屋さあ方」で野球、サッカー、バレーのボールはどれだけ拾った事か。

女の子は弁当の中の菊や蘭の花の飾り、髪の毛の禿げたリカちゃん人形、ママゴト用に中身の残った調味料など、親が見たら顔をしかめるような物を拾って戻った。

中でも、親を仰天させて慌てさせたのが、盆過ぎに流れ寄る精霊船。本当にキチンと船の形が造ってあるし、周りには銀紙の幟が立てられ、お供えの茄子や胡瓜が残っている。

子供達に取っては宝船でも見つけたつもり。脇に抱えて意気揚々と家に帰って親に差し出すと、親は見た途端、大袈裟な位に顔をしかめ、慌てて子供を追い立てて「海に返して来い」と言う。そればかりか、親も着いてきてキチンと海に押し出すまで見届ける。ワケわからん子供達に親はこんこんと精霊船の事を教え諭す。島の子供は一度はやったことが有るんじゃないだろうか。親を困惑させる物は他にも、金比羅様の木札や遭難者の為であろう卒塔婆など、色々あったものだ。

外海で銀色で長ぁいリュウグウノツカイのような魚を見たこともあった。

この小さな島でも、随分ドラマチックな物が流れ寄っていたものだと思う。

今は余りドラマチックな事は起こらなくなったかに思える海。一見キレイに見える海だけど、目に見えない何かが流れ寄る事の有りませんように。


(R1.7)