踊る阿呆に…




「踊りょう踊るならあ お寺のかど※1でー、」から始まるわが盆踊り。

初盆の人の遺影の前で、浴衣姿に団扇を持って、太鼓に合わせて手踊りをする。太鼓と口説きの調子が合うと、踊り易く「ヨイヨイヨイ、エーイエーイヨウイヤナ」の合いの手も熱をおび、踊り場は一気に盛り上がる。

ところが、下手な太鼓打ちになると足並みは乱れ、合いの手も小声になる。こうした時「ソリャ太鼓打ちゃ花じゃや花こたぁ花でも、青鼻垂れじゃや、チョコチョイチョイ」と、からかい半分励まし半分の合いの手が入る。こうした合いの手には「ソレ踊りょを見る奴っあ、アンポンタンじゃや、アンポンタンとは日本語でバカじゃや」とか「家蔵売ってもええかか持ったが一生の得じゃや」とかその場を盛り上げるものがある。

盛り上がるといえば、初心者がまず足取りだけを覚えるために手を繋ぐのがあって、この時ばかりは気兼ねなく手を繋ぐことが出来るので、若い衆は胸を踊らせたものじゃった。

盆踊りは四段階あって、手を繋いで足を覚え、手踊りになって、慣れたら後ろを向いて扇子で「まかぎ※2」を切る。そこまで出来て漸く槍を持つことが許される。槍踊りは槍も扇子も使わないと出来ないので、これで一人前。

口説きも太鼓も同じように、太鼓なら人が少ない宵の口に出て先輩に習いながら練習をし、慣れるまでは本踊りの太鼓は叩かせて貰えなかったし、口説きも数え歌から始まり太鼓と調子を合わせながら漸く「那須の与一」などの本格的ものが出来るのである。

こうして、先祖から伝えられた盆踊りは島の誇りである。次の世代にもいい形で伝えていけたらと心から思う。

余談だが、萩の見島に行かせて貰った際、ここにも盆踊りの口説きとして「那須の与一」「白井権八」「鈴木主水」「巡礼口説き」があり、文句もおおよそ同じなのに驚いた。島の人に聞いたら「盆踊りって大体こんなもんでしょう」と事も無げに言われた。近くの島もこの口説きがあるという事なのか。もしかすると、北前船で唄も継がれて行ったのかもと、歴史のロマンを感じたりした。


※1「かど」お寺の庭

※2「まかぎ」扇子で目の上をかざし、陰を作ること


(H30.9)