芋の話




 島で芋といえばサツマイモ。どこの家でも「うちの芋が一番美味い」ちゅう芋畑がありよったちゃあね。

 戦後の子の私たちが芋と聞くと、一瞬切ない思いをする人もあると思う。何しろ芋にはああちょった(飽きていた)けんね。芋のある間はおやつはもちろん三度の飯の一度は芋ちゅうことも珍しゅうはなかったけん。

「朝、息子のために大釜にいっぱい芋を煮ちょいちょって、晩方山から戻って小腹が減ったけん、芋でも食べようかいと思って釜をあけたらいっき(一個)たりとも無あ。息子がスムラ(群れ)を連れて来て皆に食わせて空になっちょるけん」と昔話をしていたが、その頃はどこの家でも同じようなこと、仲間同士の家では芋じゃろうが成り物(果物)じゃろうが、皆、もやいじゃった。あの酸っぱい夏ミカンでさえスムラに掛かっては、暫時がその間に(あっという間に)無いようになりよった。また別の人から「うちのお母さんは小まあ火で時間をかけてゆっくり混ぜながら、芋を煮詰めて飴を作ってくれよったが、ありゃあうまかった。ほいじゃが私は仕事に出よったし、気が短いけん子供らあにはよう作ってやらんかったいね。」と話していた。「はあワシは一生芋なら喰わんでもええでよう。」と言う同級生もいるが、とくもかくにも芋の話なら誰に聞いても湧き上がるように出てくる。その話の中には必ず家族がいて、子供の自分がいるんちゃあね。


(R1.5)