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G翁の昔語・演芸会



 二十六夜ちゅうのがあって、今の春の宮の祭りの日じゃがその日の夜、青年団が演芸会をせよった。ワシは、芝居が好きで、よう見に行きよった。あの頃、ワシは十七でのう、芝居を見た晩、戻ったら、みなビデオのように一言一句その通りが浮かんでくる。その通りをワシが脚本を書く。ほいから、実技も脚本もみなワシがせて、演芸会をせよった。(演技指導も厳しく「ワシゃあ、せんのうて泣きよった」というオバチャンが何人か居ましたヨ。だから皆本番では大熱演だったそうで、見た人を感動させたそうです。)

 それが大人気じゃったけんじゃろう。工廠の板倉参謀やら、下士官らあが来て「あんたの思い通りに作ってくれてええから演芸会をせてくれえ」ちゅうて来た。特攻隊が一番最初に出撃せる前じゃったと思う。

 今の待合所の辺りが格納庫じゃったんじゃが、飛行機は、みな外へ出して、空のドラム缶を並べて、その上にベニヤ板を置いて舞台を作った。ワシの方が年は下じゃが「これ位でええですか」ちゅうてワシの言う通りに舞台を作った。ほいて兵隊がずらっとならんじょる前で「まぶたの母」やらやったね。みな熱心に見てくれた。涙ぐんじょる者も居った。

本土の旅館「松政」まで、おシゲさん(回天の母として有名な人)を迎えに行って、おシゲさんも一緒に見た。

 あの頃、巷には、酒じゃあなんじゃあ無うても有る所にゃあ有って、ワシもとよばれた事もあった。その時、おシゲさんがワシの年を聞くから「十七」と言うたら若いのに「あねえに、ええ位に仕込うでから」とたまげちょった。

 はあ、あれから何十年も経って青年団じゃあなんじゃあ無あようになって、島もずいぶん変わった。

 

※工廠(こうしょう)

陸海軍に直接所属して、軍需品を製造する工場


(R3.3)

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