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こわやこわや



 今よりも遥かに闇が濃かった頃。

その闇から滲み出るように、島のあちこちに人ならぬ者の物語があった。

 例えば、『まんころ』ちょっとかわいい名前の握り拳位の火の玉の仲間。夜遅く暗い道をトボトボ歩いていると、フッと向こうに灯りが着いたと思ったら、それがコロコロ転がりながら近づいて来るのだという。そうして歩く足元に纏(まと)わりつくようにコロコロコロコロ転がる。こけそうになりながら、それを避けながら歩く内、いつの間にかまんころの数が増えて、三つ四つになっている。益々どこへ足を出したら良いかわからなくなって、必死で歩いているうちに、ふと顔を上げるともう家はすぐ側。気付けば、まんころも姿を消しているのだそうだ。そして、火の繋がりでもう少し怖いもの。名前は火焚き。真っ暗なしまの山に、遠くから見ると小さな火が見える。島の者はどこが誰の畑か山かは皆知っている。決して火の気のある所じゃないのに、小さな火がチョロチョロ燃えているのだという。だが、この火は気付いても知らん顔をしておくものだとされた。その内消えるものだから。じゃが、ある女の人が若い頃、夜中に本浦から三ッ石を通って馬島に戻ろうとしていた。真っ暗な道。手には提灯の頼りない明かりだけ。馬島のうっすらとした部落の明かりを眺めて、まだあれだけ歩かんにゃあいけんと、もう一度眺めたら、山の中に火焚きの火が見えた。それを見た女の人はつい愚痴が出た。『ああ、まだあねえに遠くまで歩かんにゃあならん。死んだ方がましじゃあ』と。  ところが、その言葉が終わらん内に、火焚きの火が、ブワーッと大きくなり、ものすごい勢いで近づいて来た。「ああ、焼き殺される」と思ったその人は「ウソです、ウソです。死にとうありません。堪(こら)えて下さい」と言って、目を瞑って手を合わせ、大声で何度も叫んだと言う。どの位経ったか分からんけど、そうっと目を開けて見ると、火焚きも何にもなく、提灯も落としたため、辺りは真っ暗。それでも、ああ生きちょったと思うて、手で探るようにして家に戻ったという。その人は常々「何でもみやすうに、口に出すもんじゃあなあよ。こねえな事もあるんけんね」と、言っていた。 やれ、口は災いの元。 (R3.5)

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