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昔日のひとひら



公民館の引っ越しを控え、少しずつ片付けておこうと、古い書類などをめくっていたら、忘れていた色々な事柄が残っていて、ついつい見入ってしまう。たとえば殺鼠剤の申請や軒別の消毒の記録だったり。何よりその中に残る、今は亡き人達の名前。

また、人口七百人余りの頃の、買い物ツアーや、島での合同お見合い会なんていう記録もある。島の美味しい物を食べながら歓談してもらい、カップルが出来れば、という催しだったかな。その時カップルは誕生したのかどうか、古い記憶の彼方ではある。

写真も白黒の古いものから、学校の子供達の行事を写したもの、ふれあいセンター、登山道、モニュメント等の完成式典や、県知事来訪の写真には、どなたもまだ若い島の重鎮達が並んでいる。

さて、そうした写真の中に馬島地区の敬老会らしい、白黒のものもある。その写真からは当日のメニューが少し見て取れ、紅白饅頭、寿司パック、おみやげはブドウ、バナナ、ゆで卵があるような。そういえばこんなメニューだった。婦人会の人達が何日も前から準備して、公民館の大広間にすし詰めの老人達をもてなしたものだった。

そうした中には私の祖母も笑顔で写っているのだけれど、その傍に子供達が「うまばあちゃん」と呼んでいた、近所のソノさんの笑顔がある。子供達が通りかかると「ヤレ、ええ子らあになんないとやろう」と言っては、仏壇のお供えのお菓子をくれたものだった。だから、子供達は今でも「うまばあちゃん」の家の前を通りかかると、「うまばあちゃん」の話を始めるが、その子達も、もうみなええ年になっている。

古い話である。「うまばあちゃん」は顔も名前も覚えてはいるが。その古い写真のジイちゃんバアちゃん、顔には覚えがあるけれど、どこの誰ベエさんかとんと思い出せない。そこで公民館の前を通りかかる人を呼び止めては「これは誰?」と聞いて回り、名前や屋号を教えてもらった。聞けば思いだし、人となりも改めて聞いたりして、なかなかに面白かった。その聞いて判ったものを二月十一日の文化祭にささやかながら披露させていただいた。他にもアルバム二冊。行事の記録や子供達の亥の子祭りや、お大師さまの相撲大会が貼ってあるものも並べた。

文化祭に来られた方が、手に取って懐かしがって下さったので、良かったなとおもう。この写真も欲しい方があれば、手元に置いていただければ、写真も喜ぶと思うので、ぜひお知らせ下さい。

四十年余り馬島地区と共にあった公民館。春から市民センターとして新しい形でスタートします。古い話もまだまだ教えて下さいませ。

(h30.3)


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