盆を過ぎて、ふと気づくと
- rainoshimaoz
- 1月15日
- 読了時間: 2分

日が短くなっている。最終便が戻るとすぐに暗くなってしまう。ほんのこの前までは最終便で帰っても、ひと仕事出来そうだったのに。日が短くなると、地獄の劫火で炙られるような暑さも少しは和らぎ、汗だくの日々からも解放される。涼しい風に両手を広げて深呼吸したくなる。それは子供の頃には分からなかった感覚だ。
子供の頃は、お盆も過ぎて、涼風が吹くと言うことは、毎日出来ていた水泳が出来なくなる事であり、溜まりに溜まった宿題に向き合わなくてはならない時が来てしまったと認めなくてはならないからだ。日記もいつから書いてないだろう。その天気など今更分かろうはずもない。
それよりも難題は、読者感想文。まず、本さえも何を読むのかも決まってない。それに思ってもいないことを書かねばならぬ読書感想文なんか、大嫌い。読書感想文ってどうして、あの変な決まりがあったのでしょう。あの時代の事です。まず最初にあらすじを書く、次にそのこの辺りで、私はこう思いました。最後にわたしはこの本を読んで良かったと思います、で締める。流れも自分の考えでなく、決められたものを踏襲する。自堕落に生きていた、イヤイヤ今もって自堕落ですから、決まった中で自分が出せるような文など書ける筈もなく、辛い辛い宿題の一番だった。他に植物採取、押し花造り、手芸で縫い物で人形の服を作る人あり、貝殻を沢山集めて見事な標本を作る人。
そんなさまざまな作品を持って行く中で、夏休み帳、日記、その辺りの草をバタバタと集めた薄い植物採取、夜なべで縫った雑巾などが私の夏休みの宿題の全て。盆までの楽しい楽しい夏休みと、追い立てられた盆からの苦痛の夏休み。来年こそは宿題は早くやる、などという決意は九月いっぱい。翌年の夏休みはまたも同じサイクルを繰り返す私の子供時代。この歳になっても、夏休み終盤を迎えるたび、追い立てられるような、出来てないダメな自分を確認するような思いをしている私の夏休みの思い出。
(R5.9)
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